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日記(えいがのはなし)

えいがのはなし エンターテインメントとしての映画

映画は多くの史実を描いてきた
誰も体験してない古い歴史が映画では事実のように存在する
記録映画として誰もそれらの映画を観ることはないが
観た経験が確実に記憶として観客の脳に記録される

映画<パールハーバー>で日本人スタッフが
歴史的な誤りやおかしな点を指摘した時プロデューサーは言ったそうだ

「誰も歴史の勉強をしに映画館に足を運ぶわけではない!これはエンターテインメントなんだ!」

そのプロデューサーは映画の持つ影響力を過小評価し
その映画を見た観客に誤った認識をもたせてしまう責任は
これっぽっちも感じてないようだ

<戦場にかける橋>では無能な日本兵を
英国人が指導し橋を完成させたというストーリーになっている
しかし<戦場にかける橋>は事実に基づいた作品ではなく
映画のようなストーリーはなかった
実際は日本軍が独自で橋を完成させ爆破されることなく現存する
このプロデューサーも<パールハーバー>の製作者と同じ考えの持ち主なのだろう

映画は「芸術」であると共に「記録」でもあり
それ以上に「娯楽」として多くの人に受け入れられている
映画は素晴らしいコンテンツであると同時に
時に多くの観客をミスリードする罪をもっている。


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えいがのはなし 大袈裟なタイトル

宣伝広告で大袈裟なキャッチコピーは、なにも映画の宣伝に限ったことではないが
「言い過ぎじゃない?」「オーバーじゃない?」と思いたくなる宣伝文句は多い。

それはそれで、宣伝マンたちが頭を絞って、観客を呼び込む工夫をしているのだから、
そんな宣伝コピーを目に楽しむのも良いかも。

バーゲンセールのように
「先着**名様」に似たアイデアは、「結末は誰にも教えないで下さい」のようだし
「あなただけに特別御奉仕」は、「かならずハンカチをご持参下さい」のようでもある。

ただし、映画のタイトルと作品の内容がかけ離れていると、そのタイトルを決めた配給会社のセンスを疑う。

<地獄の逃避行>
この映画を見たことのない人は、このタイトルからどのような作品を想像するだろう?
ホラーや派手なアクションの映画を想像した人にはお奨めしない。
残念なことにスリルもサスペンスもアクションもなく、ゾンビもエイリアンも登場しないのだ。
たしかに主人公の男女は逃避行を続け、主人公のマーチンシーンがクレイジーな男を演じてはいるが、
名匠テレンスマリック監督が描く、美しくそして詩的な青春映画なのだ。

<続・激突!カージャック>
ご存知スピルバーグの劇場用初作品。
前作のテレビ用作品<激突!>の評判を受けて(日本では劇場公開)
前作のヒットにあやかったタイトルを襲名。
と、いっても
前作<激突!>のようなスリルとサスペンスはなく、<地獄の逃避行>と同様
主人公の男女の逃避行をコミカルに描いた青春映画なニューシネマの傑作だ。

<夜の大捜査線>
ノーマンジェイスン監督、ロッドスタイガーがオスカーを受賞したシドニーポラック共演の人間ドラマ。
たしかにある事件を追ったストーリーではあるが、米国南部の黒人差別がテーマな「踊ることのない大捜査線」だ。

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えいがのはなし ポールニューマンを偲ぶ

ポールニューマンが亡くなった。
映画に出演しなくなっても、ずっと生きていてほしかった人だ。残念。

はじめてポールニューマンを知ったのは、<明日へ向って撃て>だった。
自分にとって初めて映画館で観るアニメ以外の洋画でもあり、
この映画に出会ってから映画に夢中になった、自分の人生で大切な大切な作品でもあるのだ。

だから自分的には、
映画との出会いがポールニューマンとの出会いであり、
ポールニューマンとの出会いが映画との出会いなのだ。

その後すぐに<スティング>を観た。
そしてポールニューマンを追っかけるように、ポールニューマン出演作を観続けた。

とくに<ハスラー>が好きだった。<暴力脱獄>も。

演技派でありながら、アカデミー賞はノミネートばかりでオスカーに手が届かなかったが、
初めてアカデミー賞にノミネートされてから、30年を経過して初めて
<ハスラー2>で御褒美のようにオスカーを手にした。

オスカーを手にしたが、
ポールニューマンにとって映画の評価や勲章より、
彼が誇るべきことは、たくさんのファンに愛されたことではないだろうか。

こんなにも人々に愛された俳優を僕は知らない。
優しさがスクリーンからにじみ出ていたからだろう。
彼の人柄を表す数々の慈善事業に対するものかもしれない。
誰もが、彼に会ったことがなくても、俳優としてより人として好きだったのではなかろうか。

遺作はピクサーアニメ<カーズ>で、伝説のレーサー役の声優を務めた。
自らもレーサーで活躍した経歴があり適役であるが、映画の主役の方の名前はマックィーン。まさにスティーブマックイーンを連想させる。
マックィーンと言えば、ポールニューマンと時代を背負った2大スターだった。
マックィーンとポールニューマンの唯一の共演作は<タワーリングインフェルノ>であったが、
二人が好きなカーレースの映画で再び夢の共演を果たしたのかもしれない。

しかし共演と言えば、やはりロバートレットフォード。
たった2作の共演だが印象の強い、映画史上永遠に語られる名コンビと言えるだろう。


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えいがのはなし リメイクの理由

オリジナルが名作と言われていても、たびたび再映画化されることがある。
しかしオリジナルを凌ぐ作品を製作しようとする高い志からと言うよりも、
白黒作品をカラー版で。現代の特撮技術で。今のスターで。時代設定や状況設定を変えて。
このような動機ではなかろうか?本音はやはりネタ不足なのだろう。
前作で評判が悪かったものを、再映画化して良質の作品に仕上げようとする試みはない。
良い脚本なら誰が撮ってもある程度良いものが出来る予測が立ち。よって、ある程度ヒットが見込めるという魂胆であろう。

最初に自らの作品を巨匠セシルBデミルが<十誡>を<十戒>でセルフリメイクしている。
自らの完成された映画を再び撮るにはどんな動機があったのだろうか?
作品に対する思い入れがありながら、世間の評価とは違い、自身では納得できない悔いが残ったのだろうか?監督本人しかその理由は分らない。

最近亡くなられた名匠市川昆は、自作2作品において自身による再映画化を試みている(犬神家の一族、ビルマの竪琴)
市川昆監督は<ビルマの竪琴>の再映画化に際し、
その意図を問われて「反戦は何度訴えても、語ってもいい」と説明しているが、
名作と言われながらも、今の人たちが観る機会が少なくなってしまった旧作品を、新作によって興味を持って観て貰おうと考えたようだ。これは充分に納得できる。

黒澤明の名作<椿三十郎>は森田芳光によって最近リメイクされた。
脚本も撮り方もほぼオリジナルに沿っている処に森田らしい実験的精神を感じる。
一方、公開が待たれる<隠し砦の三悪人>は、現代風エンターティンメントとして生まれ変わるようだ。

黒澤作品はハリウッドでも映画化されている。
暴行(羅生門)、荒野の七人(七人の侍)、ラストマンスタンデイング(用心棒)
やはりオリジナルの黒澤作品を越えてはいないと言えるだろう。

国内では魔界転生、日本沈没、、妖怪大戦争、転校生などがリメイクされている
最新の特撮技術での再映画化の意図が理解できる作品もあるが、名作<転校生>の大林自身によるセルフリメイクは成功したと言えるだろうか?
過去の作品で思い入れの強いファンにとっては、必ずしもリメイクを歓迎しない場合もあるだろう。

そういう意味では<ディパーデット>に関しては複雑な心境だ。
オリジナルは香港映画の<インファナルアフェア>
オリジナルを観ていない人にとっては非常に優れた作品であるし、ましてやスコセッシのオスカー受賞作品だ、ケチの付けようもない。
ただしオリジナルで魅了されたファンは、両作品を比較して、おそらくオリジナルに軍配を上げるであろう。
もちろんジャックニコルソンをはじめ出演者が素晴らしい。それでもオリジナルには、肩入れしたくなる魅力が備わっていると思う。


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えいがのはなし 魔法にかけられて

誰もがアニメやミュージカルや恋愛映画に対して抱いていた違和感を、ディズニーが自虐的にパロディにした怪作<魔法にかけられて>

以前、私が<レミーのおいしいレストラン>で書いた
「実写によるリアル感に対して、実写では描けない可能性がアニメにはある。この映画も<ベイブ>の手法で実写で撮ることも可能であるが、撮ってはいけない類の映画だ。リアルにネズミが厨房で料理をしている姿を描いてしまったら、この映画の印象は随分と違ったものになり共感を得ないだろう」に対してあたかも挑戦したようなシーンが出てくる。
動物達が部屋の掃除を手伝うシーン。ラストで動物達が主人公の女の子のビジネスを手伝うシーンがそれだ。これらのシーンは<レミーのおいしいレストラン>へのパロディととって間違いないだろう。
そしてまさしく、レミーが1匹発見できる。注(チュー)意深くスクリーンを注(チュー)目して、レミーを探してみてください。


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えいがのはなし 実写化されるアニメ

テレビ番組の映画化やアニメの実写版といえば、一昔前まではB級映画の代名詞でした。
しかし昨今はネタ切れのハリウッド事情を反映して大作扱いです。

今年は日本製アニメの実写化が続きます。
<マッハGOGOGO>の実写版<スピードレーサー>が公開されますが、日本題名の<マッハGOGOGO>の方がカッコ良くてセンスが良いと思います。
<ドラゴンボール>も公開されるようですが、果たして出来栄えはいかがなものか?期待より不安が大きい。

ほかに実写化できそうなアニメに心当たりを巡らせてみると・・・・
<チキチキバンバン猛レース>なんかは実写版でいけるのでは?<キャノンボール>系のコメディ映画で、キャラクターにはビッグスターを配し、ひと頃のようにお正月向け映画にピッタリではないでしょうかか?ケンケンも今のCG技術で問題なし!
<ベイブ>のような路線で<トムとジェリー>はどうだろう?そういえば<キャッツ&ドッグス>なんてのが既にありましたが、<トム&ジェリー>も良いのでは?
<ベムベラベロ>コレの本当のタイトルは何んだったっけ?このアニメが日本製なのか?の知識も無いが、ベムベラベロはかなり個性的なオカルト?映画になるのではないでしょうか?監督はティムバートンで決まり!

日本でもテレビドラマやアニメの映画化は日常茶飯事です。
昔<野球狂の詩>が映画化されましたが、とてもチープでそして役者たちがとてもプロ野球の選手の動きではありませんでした。(しかし作品的には色々な意味で面白かった)
長嶋一茂が<ミスター・ルーキー>という映画で主役を張ったことがありますが、さすが元・本物といった動きでしたが、それでも野球の専門家に言わせると『投手の動きではなく野手の動きである』そうです。

今、映画化してみると面白そうなのは水木しげるの<河童の三平>とか<悪魔くん>。むかしTV番組でも良い出来でしたが、今の技術ならかなり面白そうなものが作れそうです。
同じ怪奇モノ作家のつのだじろう作で<花のピュンピュン丸>が大好きです。子供の頃ゲラゲラ笑いました。なんかセンスが光っていた漫画でした。漫画の映画化ならこんな大爆笑モノを作れる監督っていないかなぁ

<忍者ハットリくん>はご存知の通り香取慎吾が抜擢されました、非常に魅力的なキャスティングであると思いますが、原作のイメージからはナイナイの岡村が適役と思います。

<ルパン契ぁ笋ハリウッドで製作されるらしいというのは、もう何十年も前から噂されていますが実現されていません。日本でも昔、B級作品として映画化されたそうですが、上手く作れば良い作品が出来るように思います。

鉄腕アトムの映画化<アストロボーイ>も企画されていると聞きますが、その後制作状況はどうなのでしょうか?<アストロボーイ>に先駆けてと言うわけではないのでしょうが、スピルバーグの<A.I.>は明らかに鉄腕アトムをモチーフにしていたと思います。本来<A.I.>を映画化しようと考えていたキューブリックが手塚治虫の才能を認めていたことは有名な話で<2001年宇宙の旅>の美術デザイナーに指名したほどです。スピやキューブリックといった面々をも魅了する手塚治虫恐るべし!

<2001年宇宙の旅>で思い出しましたが、この映画に登場する宇宙旅客船はパンアメリカン航空です。実際にはパンナムは2001年を待たずして倒産してしまいました。さすがのキューブリックもそこまでは予測できなかった(って、その頃は誰も想像していない)
<マイノリティレポート>ではレクサスが出てきますが、その映画の設定時代までレクサスが今の地位を維持しているか興味深いです。


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えいがのはなし 白熱のオスカーレース豊作の年(2)

90年代に入ると様々な作品が登場します。いろいろなジャンルで甲乙つける難しさを感じます。
1994年は<フォレストガンプ>圧勝の感がありますが、実際には<ショーシャンクの空>や<パルプフィクション>を愛して止まないファンが多いと思われます。
1996年も大豊作です。<イングリッシュペイシェント>が受賞しますが、<ファーゴ><シャイン><秘密と嘘>がノミネートされています。選考はかなり難しかったと思います。
1997年は勿論<タイタニック>の年でオスカー歴代最多賞獲得を果たしますが、主要演技賞は惨敗でした。作品の質的には<L.A.コンフィデンシャル>を押す人も多いでしょう。

2000年代の賞レースはあまり白熱していないように思います。そんな中、過去の功労に対する受賞的な意味合いで受賞した感じの作品もあります。何度も候補に上がりながら、今まで受賞していなかったリドリースコット、ロンハワード、スコセッシがそれぞれ<グラディエーター><ビューティフルマインド><ディパーテッド>で受賞します。
また3部作の実績で<ロードオブザリング>が3度目の正直で受賞しました。

賞レースは楽しいものですが、その年の自分なりの作品賞をイメージするのも楽しいです。マイベスト作品賞!


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えいがのはなし 白熱のオスカーレース豊作の年

今年もアカデミー賞の季節になりました。
過去の作品賞受賞作のリストを見ると名作の数々が並んでいます。
しかし稲作と同じで、豊作の年もあれば凶作の年もあります。
作品賞を受賞できなかった作品の中には、別の年なら受賞できたのではないか?と思える作品が多々あります。

70年以降のノミネート作を見て、自分なりに豊作の年を見つけました。

一番の大豊作と言える年は1975年ではないでしょうか?
作品賞は名作<カッコーの巣の上>で妥当ですが、他のノミネート4作品も名作です。
<バリーリンドン><狼たちの午後><ジョーズ><ナッシュビル>
翌年1976年も豊作です。作品賞<ロッキー>には勢いがあってそのままゴールインしたと言う感じでしたが、<大統領の陰謀><ネットワーク>も作品賞に値し、なんといっても<タクシードライバー>が受賞を逃しているのが痛いです。今改めて選考したら1着は<タクシードライバー>ではないでしょうか?
79年も接線です。受賞作の<クレイマークレイマー>に破れたのが<オールザットジャズ>と<地獄の黙示録>。これも時代的に<クレイマー>に流れがあったのでしょうね。しかし<オールザットジャズ>でボブフォッシーに取らせてあげたかったし、<地獄の黙示録>が作品的には上であるように思います。

80年代は凶作の時代と思っています。良質なストーリーの作品が減り、ハリウッドが娯楽大作にシフトしてしまいました。
その中で1980年の<レイジングブル>は、レッドフォード監督作品<普通の人々>に敗れてしまい、スコセッシが<タクシードライバー>に続いて代表作<レイジングブル>でもオスカーを手に出来ませんでした。30年ほど後になって、<デイパーテッド>で受賞しますが彼の過去の作品と比べたらいかがなものでしょうか?
1984年は<アマデウス>と<キリングフィールド>の一騎打ちです。結果、超名作<アマデウス>で妥当だと思いますが、<キリングフィールド>がもし前年もしく翌年だったら受賞していたのではないでしょうか?因みに前年受賞作は<愛と追憶の日々>翌年は<愛と哀しみの果て>です。どう思います?


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えいがのはなし 反則ワザな映画

以前、中国で日本人留学生がオゲレツな寸劇を披露し、中国人が侮辱されたと怒り、デモから暴動までに発展したことがあった。
タレントの江頭がトルコで民衆の目前で裸踊りをして、やはり侮辱的だと怒りを買ったこともある。
日本では色々なお笑いがあり、また観客も大概の笑いを包容するが、国が変われば国民性や文化・宗教の違いで受け取り方が違ってしまう。
それがプライドを傷つけられた、侮辱された、神を冒涜したとまでになってしまう。

映画<バックトゥーザフューチャ>のことである。
過去に行った青年がステージでハードロックを演奏したところ、観衆が唖然となる。
その時のセリフが「まだキミたちには早すぎたようだね」だった。

日本が進んでいるとは言わないが、笑いの種類や習慣においては豊富である。
いつの日か中国のTVでもケツを出して笑いをとるタレントが現れるのであろう。

それであっても裸や尻を出して笑いを取ることは褒められることではない。
笑いのテクニックとしては非常にズルイと言える。

それで思い出したのだが、友達の山ちゃんのことだ。
山ちゃんはヘンな顔やへんなアクションで笑いをとるタレントが嫌いだ。
ドリフターズやジムキャリーなどが該当するそうだ。
彼はそれを幼稚な笑いと表現した。

ソレに対しては私も同感で、他に加えるとしたら下ネタもズルイと思う。
欽ちゃん曰く
「下ネタは芸人としてサイテイだ。誰でも笑いが取れるから」らしい。

もうひとつ日本のお笑い界ではポピュラーな、相方の頭を叩くという行為。
これもあまり好きではない。
欧米ではこれで笑いは取れないし、嫌われる行為だ。
以前TVで明石家さんまがジミーちゃんを小突いていたら、隣に居たパリジェンヌがひどく憤慨していた。
ヘンな顔、下ネタ、小突き、この笑いの3種を反則ワザと認定しよう。

しかしひとつ納得いかない山ちゃんの言動がある。
ジムキャリーをその類のタレントに加えているからだ。
たしかに顔面変化(ヘンゲ)はジムの専売特許だ。
<マスク>ではジムのヘンな顔に、さらにCG処理でパワーアップ。ズルイの2乗だ。
それでもジムがヘンな顔タレと決め付けられるのは納得いかない。山ちゃんの偏見だ!
ジムには<ライアーライアー>という正統的な作品がある。これが笑える。是非観ていただいてからジムの評価をして頂きたい。

顔で笑わせないとしたら無表情ならどうだろう?
キートンとかロイドは表情を崩さず笑いをとる。
チャップリンにしてもその表情は豊かであるが、それで笑いを獲りはしない。
現在でも同じような役者がいる。ウッディアレンだ。特に彼の初期の作品(SEXについて・・・・や、スリーパーなど)は悶絶間違いなし。ただし少々お下品なところもあり。

巨匠・小津の初期の作品<生まれてはみたけれど>を観たけれど、びっくりした。これも巨匠の作品!?
反則ギリギリ行為もあるが、これが笑える。

笑いでハズレがなく、下品でなく、センスが良いと言えば、最高峰はビリーワイルダーだ。
<あなただけ今晩は>はマイフェバリットの1本。ほかにも<アパートの鍵貸します><お熱いのがお好き><七年目の浮気><フロントページ>などなどビリーワイルダー作品はコメディものとシリアスものどちらも傑作揃い。すべて観るべし!!!

そうそう、友人・山ちゃんの嫌いなクレヨンしんちゃんにも傑作がある。
<クレヨンしんちゃん・嵐を呼ぶ!あっぱれ戦国大合戦>では、しんちゃんはケツを出さず、私の涙を出させてくれた。こんな泣けるしんちゃん映画もあることを忘れずに。


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えいがのはなし リアルタイム映画鑑賞

映画はやはり、リアルタイムで観るべきです。
でも、いくらそう考えてもこればかりは叶わぬ理想。
過去から順番に映画を観る事は誰もできないのです。

新しい映画から観始めるて、あとから古い名作を観ても必ず
「昔の映画はテンポがスローだ」とか「特撮がチャッチイ」と言うことになってしまいます。
この言葉は、映画の歴史で映画関係者が果たしてきた努力を一言で無意味にしてしまう、非常に悲しい言葉です。

SFXがチャッチィとかの意見を聞くと
特撮の技術力の優劣を確認するために映画館に足を運ぶものなのかな?
と思ってしまう。
昔の映画はノンビリしていると聞けば
競争するようにスピードを競うものなのかな?
と思ってしまう。

私的には、今の映画は早すぎて観ていて疲れます。
それでも、<ダイハード>や<スピード>が登場した頃は、そのスピード感に新鮮さを感じました。
今では、これらの作品もオールドムービの部類らしく、スピードに欠けるのかもしれません。

SFXの技術がお粗末だと、作品に集中できないという欠点もあります。
しかし作品として良く出来たものは、そんな技術の問題をも感じさせません。
<2001年宇宙の旅>は、40年近くたった現在でも見劣りしないと思います。

初代<キングコング>を見て、「特撮が人形アニメーションだから笑ってしまう」とバカにしたら
確実に映画の楽しみ方の一部分を放棄してしまいます。
一方近作の<キングコング>は、技術の最高峰です。
私は新旧どちらも大好きです。
ただ、近作のキングコングを観た後は、もうお腹いっぱい状態で、特撮技術はこれ以上必要ないと感じました(食傷気味)

日本でも<ALWAYS三丁目の夕日>の特撮が評判でした。
しかし特撮の技術ばかりを褒めてしまっては、この映画は浮かばれません。
これからは、常にこのレベルの映画が普通に作られなければ日本映画界も寂しいです。

ハリウッド映画でも良い映画は、技術をここぞとばかりに見せつけるのではなく、何気ないシーンに上手く特撮が活かされています。
見せる特撮より、これからは上手く作品を補うための特撮であってほしいです。

100年前に映画を観た人が
その間の映画を観ずにいきなり現代の映画を観たら、心臓が止まってしまうだろうなぁ。


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えいがのはなし 邦題タテヨコ PART-2

ハルベリー主演の<チョコレート>の原題は、monste r's ball(怪物たちの夜会)なんだそうです。
映画を観た人にはこの意味が解ります。
だから、横文字タイトルであっても<チョコレート>は正確には和製横文字タイトルといった具合です。
本当はチョコレートっていうのも映画には合っていません。
本来ならチョコレートアイスクリームとした方が映画を観た人にも解りやすいと思います。
それをあえて<チョコレート>にしたのには配給会社の作為を感じます。
この映画、人種間恋愛を描いた作品ですが、チョコレートには黒人の肌の色をイメージさせるわけです。
題名として上手いような違うような・・・

<クレイマー、クレイマー>この原題はクレイマーV Sクレイマーです。
この頃日本ではまだVSって言葉が世間的に使われていなかったと思います。
だからそのまま訳すとクレイマー対クレイマーになってしまい、それは避けざるを得なかったのでしょう。
大昔のクラッシクハリウッド映画の題名なら<クレイマー氏対クレイマー夫人>でも良かったと思いますが、現代ではナンセンスなんでしょうね。個人的には好きだけど。

<スティング><ハスラー>これは映画が登場するまで知られていなかった隠語でした。
日本で言えば<マルサの女>でマルサという隠語が広く知られるようになった事と同じような感じ。

<キングコング><エクソシスト><ジョーズ><E.T><エイリアン>
これも映画公開当時は???なタイトルでしたが、今では固有名詞として有名すぎて、悪魔祓い師とか異星人では納得されないでしょう。

<ポセイドンアドベンチャー>これは原題通りです。
ただしなんかピンとこない気がする。
アドベンチャーというよりサバイブとかパニックという単語の方が自分的には来るんだけどなぁ。
アドベンチャーは己から挑んでいく感じで、降り掛かった災難から脱出するという雰囲気じゃないんだけどなぁ。
それとも意図的にシニカルな意味合いを持たせているのかな?

<タワーリングインフェルノ>はthe towerと glass infernoの2つ原作から成っています。
この2つの原作から2つの映画会社が同じ時期に同じような企画を立てていましたが、競合を避けるために合作と相なりました。
その時タイトルをガラガラポンして、この題名になったわけです。

<ホームアローン>を縦文字題名にするとしたら<ひとりぼっちのお留守番>か<はじめてのお留守番>なんか良いかも。
この映画、主役のカルキン君が元々有名であれば<カルキンくんのお留守番>なんていうのが良い感じ。喜劇王チャップリン映画の題名みたいでしょ?

<プライベートライアン>は公開された当時、意味不明でした。
privateという単語がピンと来ませんでした。
原題はsaving private raianです。
<ライアン兵士を救え!>って感じですが、この路線でもいい感じがしますが、どうでしょう?

根っからの日本人で英語の知識もない私のような者には、単語のニュアンスが把握できかねる事が多々あります。
<イージーライダー>のeasyのニュアンスは図りかねます。
拙い英語力でこの映画のイメージに相応しそうなのがfreeとかpeaceまたはtenderライダーと思っていました。
easyだと簡単な、安易な、楽なって意味しか思い浮かばないからです。
よくよく調べてみると、ゆったりしたとかノンキなとかだらしないなんて意味もあり、納得してしまいました。
きっとwildライダー的なオートバイ乗りに対してeasyライダーになったのでしょう。

<グランブルー>は当初英語タイトル<グレートブルー>で公開されました。
英・仏タイトルがあるのなら縦文字題名<偉大なる深海><大いなる青き海の中>なんでしょうか?カッコワリイ


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えいがのはなし 苦悩する監督

私の観た映画のベストの一本とも言えるのが<質屋>です。
その監督シドニールメットはほかにも<十二人の怒れる男>や<狼たちの午後><評決>といった素晴らしい作品を撮っています。

そのルメット監督の<MAKING MOVIES>という著書を読んでいる最中、
レンタルビデオ店でたまたまルメット監督の<ウィズ>を発見し迷わず借りました。
<ウィズ>はルメット監督にとっては異色のミュージカルで、ダイアナロスとマイケルジャクソンの主演のほか出演者は全て黒人です。
ニューヨークを舞台に<オズの魔法使>をリメイクした作品ですが、が、が、が、ガッカリの出来栄えです。

オールロケで行くべきところ、中途半端にスタジオと屋外での撮影になっています。
また特撮も活かし切れず何の効果も発揮しません。
ルメットにはミュージカルも特撮もムリなのか?
監督本人はこの作品の完成時に、この出来で良しと納得したのだろうか?
そんな疑問で胸が落ち着きません。

その後再び著書を読みはじめ数ページすると<ウィズ>について触れていました。
それはまるで、私の疑問に答えるかのように・・・

この作品は諸事情によって、当初の監督の思惑であるオールロケによる撮影が徐々に挫折していき、自分の意図とは離れどんどんとスタジオ撮影が増えていった行程が語られ。
特撮に対する知識の不足から己のイマジネーションを形に出来ず(今なら何でも可能な特撮技術も、この頃はまだ未成熟だったので)
撮影中、当初のコンセプトが次々と崩れていく様がつづられていました。
しかし誰のせいにすることもなく自分を責め、責任は全て自分にあると潔く失敗を認めています。

私が不満に思い、疑問に思った部分を、監督は著書の中で全て答えてくれていたので、私の胸のつかえも下りました。
ルメットは湯水のように大金を制作費につぎ込む監督とは違い。常に予算や効率までも考え、その中から最大限の効果を模索する、まさしく職人的監督でありクリエーターです。(日本で言えば新藤兼人、今村昌平のよう)
これほどのキャリアを持つ名匠であっても、挫折し苦悩している姿に感銘しました。

またこの著書の中で『生涯2本だけ金のために引き受けた作品がある』と告白していてルメットファンとしては非常に興味深かったです。
また『映画製作で小さな決定は、何一つないのだ』という言葉は、誠実で優れた監督ならではの言葉と重く感じました。

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えいがのはなし 評論家必要論

好きな映画を好きなだけ観て好き勝手なこと言っているとても羨ましい方々。
映画評論家。

こんな映画評論家を必要ないという人々がいる。(映画評論家不要論者)

はじめて不要論を説く人をラジオで聞いたのは学生のときだった。
その人物は売れっ子シンガーソングライターだった。
彼曰く「映画なんてものは観た人が感じればよいだけで、評論家なんてものは必要ない!」だった。
が、私にとって映画評論家はいなくなっては困る存在だったので、その発言には非常に違和感があった。

なぜなら、私にはその人気シンガーソングライターのように金持ちでもないので、片っ端から映画鑑賞をする無謀はできないし、そんな悠長な時間も無い。
貴重な時間とお金を有効に使う為には観る映画を選択しなくてはいけないのだ。
チョイスするにもヒントが必要。そのために役立つのが映画評論家だった。

ただし、評論家を選ぶ重要性も強調したい。
自分の趣味趣向に合い、信用のおける評論家を日頃からチェックしていなければならない。

また映画の見方を教えてくれた故・淀川長冶さんのような方は信用のおける先生でもあった。
先生・・・映画の先生。
さらに淀川さんは、映画から人生も学べ、英語も学べ、政治や経済や文化や芸術や生きるに当たって必要なことは総て映画から学べると教えてくれた先生だった。

映画は国語の読解のようなもの、全てのシーン、カットに意味や作り手の思いがある。
監督は画面上に不要なものが映っていれば排除できるし、足りなければ加える事が出来る。
そうしてその瞬間に意味を持たせる。それが表現だ。その表現された意味を理解しようと努める事も映画を楽しみ方だ。

しかし自分に知恵や経験や感覚が乏しいと、上手く映画を理解できないことがある。
その部分を埋めてくれる(または自分が見落としたり気づかなかった部分を教えてくれる)先生が優秀な先生なのだ。
ただし近頃はそういった映画の先生も少なくなり、そういう意味では不要な映画評論家が大勢いることも確かだ。


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えいがのはなし ご都合主義宣言

「そりゃ〜ないだろう」「そんな、まさか!」「出来すぎだよ〜」
あまりにもストーリー展開にムリがある映画を観て、ついそんな言葉をつぶやいてしまったことは誰にでもあるだろう。
人はこういう映画を『ご都合主義』と言い侮辱する。

しかし偶然が重なってこそ映画的とも言える。
リアルとか必然性ばかりでは映画的な面白さにかけるとも言える。
必然的な展開ばかりを眺めていて面白いはずもない。

私の日常生活は「よりによって!」の連続だ。
そうしようと思ってもナカナカ出来ないような事が起こり続ける。

たとえば真夜中急ぎで車を走らせていると、事故渋滞に遭遇し、回避しようと裏道に逃げると工事で通行止めに出合い、迂回すると目の前でマンホールから水が吹き上がり立ち往生。
どこにどう逃げようとしても目的地に辿り着けない。これ実話。
でもこんなストーリーの映画だったらふざけんな!と言いたくなるでしょ?

ほかにも最近こんなことがあった。
散歩がてらに、五反田の風景を撮影していた時のことだ。
普段は人気の無い工場脇のレンガを撮りたくて向かうと、そんなところで立ち話してる人を今まで見たことないのに
「よりによって!」写真を撮ろうしているソコに人が突っ立って話している。
仕方ないのでソコをあきらめ、ボーリング場の屋上の不思議な球体を写真に収めようと、良いポジションを探す。
やっと見つけたグッドポジションは山手線のガードを挟んだ位置。よしココで撮ろうとカメラを構えると電車が来る。
仕方ないので通過を待って撮ろうと思ったら、電車は失速。カメラを構える私と被写体の間で停車!何なんだ!「よりによって!」
次に目指すは駅前の歩道橋。ところがその歩道橋。塗装工事中でその姿が覆い隠されているではないか!「よりによって!」ってこんな事が日常茶飯事的に起こります。

そんな訳で、こんな日常を送っている私には『ご都合主義』や偶然の多い映画を非難する気にはなれません。
映画よりも現実の世界の方が摩訶不思議だったりするからネ。
必然性ばかりの映画の方がウソ臭いともいえるし、偶然性意外性があってこそ面白い。
日常生活もありきたりより、ハプニングがあるからこそ楽しい。のでは、ないかな?

もし偶然が許されないのなら、例えば傑作<死刑台のエレベーター>のような映画は生まれない。


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えいがのはなし コーエン兄弟VSタランティーノ

自らの作品にヘンテコな奴等を大勢登場させることにかけては、コーエン兄弟とタランティーノが両巨頭と言える。
ほとんどの作品で犯罪者が主役であることも共通点である。
にもかかわらず作風は重くなく滑稽ですらあるという点も似通っている。
しかし一点違うのは、画作りだ。

コーエン兄弟は画面の隅々まで行き届いた丁寧さがある。
また、描き方によっては非常に深刻なストーリーを何ともサラっと描写してしまう。
それでいて突然グロなカットや突飛なものを挿入して観客を戸惑わせたりもする。

対して、タランティーノはアバウトで,その雑さ加減をも自分の作風にしている。
しかし
ノリが良く、アイデアに満ち、セリフが面白く、全体を独特のオタク・パワーで圧倒する。

最後に決して忘れてはいけない二人の共通点。それは、音楽の選曲センス・・・抜群!です。


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えいがのはなし 邦題タテヨコ

邦訳題のタイトルが陰をひそめ、いわゆる横文字カタカナ題名の作品が主流になってしまって久しい。
しかし横文字タイトルが一概に悪いとも言い切れず、良い効果を発揮する場合もあるし、邦訳題(以下タテ題)のタイトルにしても失敗ネーミングが結構多い。

<追憶>なんていうのは言葉のイメージからは良い題名だが、作品の内容からは適切とは言えない様な気がする。
作品はウーマンリブ全盛期に作られ、単なる甘いメロドラマではなく、個人の価値観や女性の自立といった要素が色濃い、重い系メロドラマだ。

同じRレッドフォード主演で<出逢い>の原題は<ErictoricHorseMan>訳すと電飾馬男・・・あれ?中国語題名みたいになってしまった。
タテ題の淡い感じから程遠い原題なのだ。
内容は確かに出逢いとも言えるし、電飾馬男とも言えるので、両方の要素を込めて≪電飾馬男との遭遇≫としたら良いのではないか?(良いわけないか!?気色悪いぞ!)

名邦訳題といえば<北北西に進路を取れ><燃えよ!ドラゴン><勝手にしやがれ!><招かれざる客><理由なき反抗><風と共に去りぬ><未知との遭遇>なんて思い浮かぶ。
それでも<未知との遭遇>などは今だったら絶対に原題通り<TheThreeEncounter>になっていただろう。

無理やりタテ題にしてしまうとヘンテコでわけがわからなくなる場合もあるので、横文字タイトルも捨てたものではない。

<インデペンデスデー>は≪独立記念日≫または独立の日だが、これでは日本人には理解しがたい。
この原題通りヨコ題の方が哨如爾澆燭い粉兇犬任覆鵑いいかも知れない。
また<LAコンフィデンシャル>なんていうのも、さっぱり意味が分らないが、どこか怪しげな感じがするので、映画の雰囲気にあっているのかもしれない。
ほかにも<ゴッドファーザー>⇒名付け親、<スターウォーズ>⇒宇宙大戦争、<ジョーズ>⇒あご。
こんなタイトルにならなくて良かった事は明白である。

タテ題の失敗例で挙げておかなくてはいけないのが<続!激突カージャック>だ。
スピのデビュー作<激突!>の成功に便乗して、監督第2弾にも<激突!>をつけたかったようだが、<続>というにはムリがあり過ぎる。
反則スレスレ、ほとんど詐欺行為スレスレとも思える。
作品の方はサイコーに良いのだが。原題<SugarLandExpress>。このままカタカナでもわけが判らない。

古典的SFホラー<遊星よりの物体勝笋魯螢瓠璽されて<遊星からの物体勝笋砲覆辰拭
この2文字の違いの意図は不明だ。
こちらも古典的スリラー<恐怖の岬>は直訳タテ題だが、リメークされた作品は<ケープフィアー>と原題通りの横文字タイトルになった。
それぞれの公開当時の時代にマッチした好選択だと思う。
前作ロバートミッチャムにしても新作ロバートデニーロにしても怖さでは甲乙つけがたい作品だ。


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えいがのはなし ツカミはOk!?

どんな事でもツカミは肝心。

とりわけ映画に関してツカミは重要だ。
これから先2時間から3時間観客をスクリーンに釘付けにしなくてはいけないのだから当然のこと。
勿論ファーストシーンはそうなのだが、私の場合ヒロインの登場シーンこそが大事と考える。
またヒロインの登場のさせ方が上手い監督こそGOODな監督と思う。

例えばということで、思いつくがままに挙げてみる。
まず<マスク>。キャメロンディアスの登場シーンがいい。
キャメロンは決してグラマラスな女優ではないが、ここでの登場シーンは思いっきりセクシーだ。(まるでロジャーラビットに出てくるジェシカのよう)

<死刑台のエレベーター>ではファーストカットでいきなり女性の唇のアップ。
それがジャンヌモローだ。
高校生のとき小さな映画館で観たが、なんとも知れない気持ちになった(表現ヘタですみません)。

<初恋のきた道>のチャンツゥィーも可愛かった。
若い人には理解不能かもしれないが、若き日の浅田美代子みたいだ。
こちらも可愛いらしい表情のアップで登場。
監督はチャンツィーがあまりにも可愛かったせいか、とうとうチャンツィーのプロモーションムービーのように、この映画を仕上げてしまった。(悪い意味ではない)

強烈なヒロイン登場シーンは<0課の女・赤い手錠>だ。(手錠はワッパと読むように)
主役の秘密警察役・杉本美樹は敵に捕まり、いきなり全裸で吊るされての登場。
カメラがねちっこく杉本の廻りを移動する。(お子様にはちょっとハードです)
そんな訳でこの映画、お色気映画の要素もありますが、実は日本映画のアクションものとして最高峰です!かならず観て頂きたい。

女優といえば、監督とのコンビで有名な女優が多いが(たいがい恋仲)その代表がチャンイーモウとコンリー。
<活きる>を観た。またまた良かった。が、コンリー、泣きすぎ。
そりゃ、泣かせたら当代一(東大寺じゃないよ)の名女優だってことは、こちらも承知しているが、この映画の中じゃ泣きすぎ。 10回は泣いてるぞ!
たしかに悲惨な話しだが10通りの泣き方っていうのは悲惨。いや女優冥利に尽きるのか?

監督の技量だけでなく、やはり女優の魅力に負うところが大きいので、映画は女優次第ともいえる。
そのため女優を気持ち良くのせるのも監督の仕事。
監督にしてみれば女優が乗ってくればツカミはOK!って感じなのかもしれない。


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えいがのはなし Tough Ain't Enough

弊社のミーティングルームの壁には
無造作に『Tough Ain't Enough』と書かれている。(書かれているというか、私が書いたのだが)

この言葉を聞いてピンときた人がいたら嬉しい。

この言葉を私が書いた後
誰か尋ねてこないか?ワクワク待っていた。

本当は
『コレ知ってます!』と言う言葉を聞きたかったが
誰もいなかった。
もしいたら、私はハイタッチしたであろう。

それでも何人かが
「コレなんですか?」
「どういう意味ですか?」と尋ねてきた。

私は唇元を緩めながら、こう答えた。

「映画好き?」
たいがい誰もが好きと答える。
「じゃー、ミリオンダラーベイビー観た?」
数名は観たと答えたが
この言葉の意味は分らないようだ。(ちゃんと映画を観なさい!)

ミリオンダラーベイビーの前半部分で
プロボクサー志望の主役の女の子が元ボクサーのクリントイーストウッドに、
「私はタフなの、それだけは誰にも負けない」と自分を売り込む。
イーストウッドは、すかさず答える
「Tough Ain't Enough!(タフなだけじゃダメなんだ!)」

この言葉は、上を目指す者に対して共通したアドバイスになるだろう。
頂点を目指す者なら、タフなのは当然なのだ。
身体と精神のタフさ以外に、協力者や理解者も必要であるし、タイミングやチャンス、運も必要なのだ。

クリントイーストウッドは今まで
タフだが上に昇り切れなかった人間を嫌と言うほど見てきたのだろう。
その言葉には、重みがある。
しかし、女の子はその言葉の意味をまだ知らない。

彼女が頂上に登り詰めようとしたとき、悲劇が起こる。

サクセスストーリーのボクシング映画を期待して観た観客は、それ以降のストーリー展開にガッカリした者も少なくないようだが、
クリントイーストウッドが<ロッキー>みたいな映画を作るはずがないのだ。ご容赦願いたい。

映画のラスト近く
彼女が居なくなったジムの事務所の壁をカメラがパンする。
と、壁に『Tough Ain't Enough』と書かれている。

ゾクっとしました。

勝者と敗者は『力』だけでは決めきれないのです。
リングの上の戦いと同様、人生というリングが全ての人に用意されているのです。


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えいがのはなし 韓流大監督への道

パクチャヌク。
<JSA><オールドボーイ><親切なクムジャさん>
着実に大監督の道を歩み続けている韓国の監督だ。

とにかく映像センスがサイコーだ。暗さ加減がティムバートン。
狂気と優しさ。ファンタジーとナイトメーヤー(夢と悪夢)

とかく陰惨な暴力描写を語られる同氏だが、私は氏の作品を全てファンタジーとして捉えている。
いわゆるバイオレンス映画とは一線を画すカメラワークやライティングで、メルヘンチックにさえ感じるシーンが多く、暴力と共にコメディの要素も含まれる。
政治的な映画と思われがちな<JSA>でさえ、私は御伽噺と感じる。

本国では元々映画評論家であったようで、随所に様々な映画の模倣があるが、完全に自分の世界を創りあげている。
また、韓国映画の多くが米国や日本の映画に影響を受けているが、同氏の場合はヨーロッパ映画の香りもする。

まだ観ていないのだが新作<サイボーグでも大丈夫>は、監督自身何度でも観れる非暴力映画だそうだが、普通の映画でないことだけは予想できる。
そして期待を決して裏切らないであろう。

ポンジュノと共に韓国を背負って立つ監督であることには違いない。

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えいがのはなし パート3は駄作の宝庫?

今年はスパイダーマン、パイレーツオブカリビアン、シュレック、オーシャンズなどシリーズもののパート3が花盛りだった。

昔から、パート2は前作を凌げないと言われたものだが、近年ではそうでもない。
前記の3作品は、1作目を凌ぐほどパート2が面白かった。(オーシャンズを除く)

ところがところが、最近はパート3は駄作の宝庫と言ってよいのでは?と、思えるほどだ。
スパイダーマンは3も面白かったが、パーレーツもシュレックも『アレレ?』と、思うほどのガッカリぶりだった。

そういえば初めてパート2が前作を凌いだと言われたゴッドファーザーでさえ、パート3は散々だった。
そしてターミネーターもエイリアンも同様にパート3はコケた。
パート3は、鬼門のようだ。

ところで、寅さんの3作目はどうだったんだろう?

きっとパート3を乗り越えるかどうか?が、シリーズものの試金石なのかもしれない。


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えいがのはなし 作品評価のお国柄

<望郷><舞踏会の手帳><旅路の果て>と聞けば名匠ジュリアンデュヴィビエ監督ですが、この他にも沢山の名作を残してる。
ところが本国フランスでは『デュビヴィエ監督は東の遥か彼方の国で考えられないほどの評価と名声を得ている』と言われるほど、本国での評価は低い。
デュビビエは思い掛けず、遥か遠くの日本人のハートをキャッチしてしまったのだ。
それはお国柄や国民性から来る、映画とのアプローチの違いや感性の違いから来るものなのだろうか?

製作国では受けなかった映画が意外な国で好評を得たり、その逆であったりすることがある。
私が最も好きな監督・ビリーワイルダーと言えば<アパートの鍵貸します><お熱いのがお好き><情婦><サンセット大通り><第七捕虜収容所>・・・
まだまだ書き切れないほど代表作がある。(私のワイルダーNO1は<あなただけ今晩は>!!!)

しかしワイルダーの代表作に<深夜の告白>を挙げる日本人はほとんどいないのではないか?(いないはず!)
ところが本国では<アパートの鍵貸します><お熱いのがお好き>と並び評される代表作である。
<深夜の告白>は非常に面白い作品だ。日本で日陰の身のような不当な扱いをされるべき作品ではない。
かといって、数え上げたら切りがないほどの名作秀作を持っている氏の、代表作と言えるか?となると日本人の私には理解できない。

同じ事がこれまた大好きなウィリアムワイラー監督にも言える。
ワイラーと言えば日本では<ローマの休日><ベンハー><大いなる西部>が妥当な代表作ではないか?
しかし氏の場合も、本国では<必死の逃亡者>の評価が高い。
この作品は映画ファンなら見逃してはならないほどの傑作ではあるが、日本ではワイラーの代表作と言われる事はない。

お国柄の違いによる作品の評価のされ方については研究してみる価値がありそうだ。


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えいがのはなし 70年代

90年代はサイコ物とSFXとノンストップアクションで疲れ、
80年代はシュワ、ブルース、スタローンが身体を張り、
70年代はというと・・・・

パニック映画、ソフトポルノ、カンフー、マフィア物、オカルト、動物パニック、女性自立映画、SF、ダンスミュージック映画、角川映画・・・と、
いろんなジャンルの映画の洪水でした。
なぜ洪水になってしまったかと言うと、当たった映画の二匹目三匹のどじょうを狙って次々とB級映画が製作されたからです。
しかし映画的にはナントも楽しい年代でした。

ヒット映画数あれど<ジョーズ>のヒットは記憶に残る初めてのメガヒット。
テレビで映画のCMが登場するのもこの頃で<人間の証明>の♪ママァ〜ドゥユーリメンバー♪は一日中耳から離れないほど聞かされました。
<スターウォーズ>で目を見張り、<燃えよドラゴン>でヌンチャク、<ロッキー>で片腕立て伏せ、<サタデーナイトフィーバー>でフィーバー!フィーバー!

SFX先端技術はまだまだの時期だったが、本格的なものとチープなものと目が肥えた時期です。


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えいがのはなし レミーのおいしいレストラン

レミーのおいしレストラン

実写によるリアル感に対して、実写では描けない可能性がアニメにはある。
この映画も<ベイブ>の手法で実写で撮ることも可能であるが、撮ってはいけない類の映画だ。
リアルにネズミが厨房で料理をしている姿を描いてしまったら、この映画の印象は随分と違ったものになり共感を得ないだろう。
その点では、アニメの無限な底の深さを示した映画と言えよう。

そしてアニメならではのカメラワークは秀逸だ。
最近は実写映画でも、不可能なカメラワーク部分はCGやアニメに頼っている
古くは駄作の誉れ高いコッポラ監督の<ワンフロムザハート>(ちなみに私はこの映画大好きだ)
最近ではスパイダーマン等のSFX映画で、物理的に不可能と言えるカメラワークを可能にしているのは、
アニメーションのお陰であり、アニメが実写を超えている部分であろう。

頑張った者が報われる映画。レミーはそんな映画だ。
準主役の女性調理人がそうであるように、レミーも夢の実現には障害が大きく立ちはだかる 
映画を観る前は、ヘタな料理人がネズミの力を借りていくうちに本来の才能を開花させるストーリと思っていたがそうではなかった。
ラストは御伽噺的であるので、かえって納得がいくものになった。
アニメの真髄はファンタジーであり御伽噺なのだ。
夢物語、空想を受け入れらる者だけが楽しめる映画なのだ。

不覚にも胸が熱くなって泪が溢れそうになったシーンがある。
レミーが最後に出す料理にラタトーュを選んだときだ。
(因みにラタトーュは、私も特別なときだけにつくる料理)
へぇー、ラタトゥーユなんだぁー!で、ゾクゾクっと来ました。
RAT_TO_YOUと掛けているわけです。
ただし原題は<Ratatouille>ですので
これではオチをタイトルにしてしまっているので
邦題の方がネタばれにならずにベターと思います。

とにかく良く考えれていて、非常に洒落ている映画です。


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えいがのはなし 二十四の瞳 つづきのつづきのつづき

3)『上手い見せ方だなぁ』と唸らせるシーンがある。
これも非常に良く出来た映画的なシーンだ。

年老いた先生を招いて、久しぶりにささやかな同窓会が開かれた。
座敷に上がる前に生徒(元)たちが先生に見せたいプレゼントがあると伝える。
はたしてプレゼントとは何だろう?観客も興味をもってそのプレゼントの正体の登場を待つ
しかし観客にはすぐには見せてくれない。

次のようなカット割りだ。
障子が開く→座敷に上がる先生→先生を伺う生徒達の顔→先生の表情が変わる
しかし意地悪な監督は、プレゼントの正体をまだ観客には見せない。
観客は先生が何を見て表情が変わったのかまだ分らない。

先生を囲む元生徒たちのセミロング→先生のUPそして涙→先生が見ていたものフルショット
ネタばれと言うほどの事はないが、あえてその正体は明かさないが
日本間に似つかわしく、しかし先生を象徴するものなのだ。
これが洋間ではいけないのだ、日本間だから上手いのだ。

そして
この映画の主役の教師高峰秀子は決して優しいだけの子供思いの若い女性教師ではない。
高峰秀子らしいのだが、自宅にいるときには生徒の前にいるときとは違う性格も覗かせる
若い女性教師も自宅では母親の娘なのだ。これも上手い。
あくまでも理想像で見せ切らないのが、並みでない監督の仕業だ。

そんじょそこらの
単なる『御涙頂戴映画』とは一線を画す
随所に名匠の『技』が光る名作中の名作なのだ。


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えいがのはなし 二十四の瞳 つづきのつづき

2)完璧な映画的なシーンがある。

私が常々思う<映画的>とは、言葉を省略しても観客に感動や驚きや悲しみや喜びは与える技術を示す。
そしてこの映画のこのシーンではその映画的な部分が完璧に出来上がっている。

家庭の事情で四国本土に渡った女の子と修学旅行の金比羅様詣でやってきた先生が
女の子の働く食堂で偶然出会うシーンだ。
このシーンでは女の子は、恥ずかしさと照れ臭さで、先生の問いかけにも一切言葉を返さない。
本当は先生に抱きつきたいくらいな想いなのに、目さえ合わせられない。
その子の新しい保護者が意地悪そうなので先生は非常に気にかけているが、お別れを言わなくてはならない時間になってしまった。
(今書いていても涙がこぼれそう、それでもこれから先のこのシーンのクライマックスを書かねばならない)
先生が店を出た瞬間、女の子は裏口から店を飛び出した、表通りの先生に駆け寄ろうと駆け出したのだ。
やはり女の子の気持ちがよく伝わる場面だが、その次の瞬間生徒たちの先生を呼び止める声が響く
その声に女の子は駆けていた足を止めてしまうのだ。
そして次のカットで出航する先生と子供達を乗せた船を追いかける女の子の後姿。
胸がつまる場面だ。女の子のセリフは一切ない。

えいがのはなし 二十四の瞳 つづき

好きなシーンやエピソードが沢山ある。

1)まずは誰でも好きになるはずの、子供達が遠くの先生の家を訪ねるエピソード。
まるで<スタンバイミー>だ。

子供達のロードムービーをスタンバイミー的と言った言葉でよく使われるが
私はあまり<スタンバイミー>に興奮しない。
この映画こそそれであり、今後はその手の類は<二十四の瞳>的と言って欲しいと思う。
しかし下記のような上手い演出をできる監督はなかなかいないだろう。

まだ小さな子供達にとっては長い道のりだ、歩く歩く歩く、疲れてくる子供がいる、腹が減ったと言い出す子供が出てくる
一人が泣き出した、つられて一人二人と他の子供達が泣き出す。

最後に先生を乗せたバスが子供達の背後から近づいて、やっと出会えるまでのシーンのカット割りは秀逸だ。
まずは観客が先生を乗せたバスの登場に気づき、そして先生が子供達に気づく、子供達はまだ何も気づかない。
子供達を追い越して、そのまま行ってしまうのではないだろうか思うぐらい通り過ぎてから
やっとバスが止まる。カメラはそれを子供達の背後から捉える。
観客は『良かったバスが止まった』と安心した後に、やっと子供達が先生に気が付く。
緊張や不安から開放されて子供達が泣き出すのがごく自然なのだ。

えいがのはなし 二十四の瞳

二十四の瞳

名匠・木下恵介の名作<二十四の瞳>を観た事がなくても、そのタイトルを知らない人はいないだろう。
そして、観ていない人のイメージは、戦争に関係する話、小豆島、子供たちと先生、悲しい話といったところではないか?

私もそんなイメージだけで、ほとんど期待せずに観た。
そして案の定期待しなかった通り、小豆島のノンビリした風景とともに物語りが始まる。
(あとからすればこのノンビリ加減が後に効くのだ)
そして新米教師と12人の子供達の日常の風景が延々と続く。
まだ教師や子供達のキャラクターを把握しきれていないうちには、なんの感情移入も出来ずに
映画は私を眠りに導こうとしているかのようだ。

後半すっかり映画に引き込まれた頃には、
この退屈だった冒頭の子供達の姿が懐かしく感じさせられたのには驚いた。
こういう映画体験をさせる<力>こそ、力のある監督の技なのだろう。
映画が終わったときには、私はすっかり<二十四の瞳>に夢中になり。
たんなる子供と先生の話ではくくれない、大きさを感じさせられるのだ。

えいがのはなし 拍手の起こる映画、後味の悪い映画

上映後の反応はさまざまです。
エンドタイトルでクレッジトが流れると足早に席を立つ人、余韻に浸りながらスタッフキャストのスーパーを眺める人。
しかし良かった映画のエンドタイトルでどこからともなく拍手が起こりそれが劇場中に拡がる。
そんな光景を昨今すっかり見なくなってしまった。
昭和の時代は、たまにこういう光景に遭遇した。
<カッコーの巣の上で><ジョーズ><スターウォーズ><ロッキー>などで経験しました。

ところがこんなことがあった、ハリーポッターで私が居眠りしていると大きな拍手が聞こえてきた。
静かに目を開くとスクリーンではヴォグワァーツでの最後シーンになっていた。
スクリーンの中の子供達が拍手喝采しているシーンである。
それを確認して、私が再び目を閉じかけたとき、『おやっ?』と思った。

映画とシンクロしない、生な拍手が私のスグ耳元に届いていたからだ。
ふと後ろを振り返ると3歳ぐらいの可愛らしい男の子が映画の中の子供達に合わせて拍手を送っていたのだ。
私のようにすっかり寝込んでしまった観客がいる一方、感動して拍手を送る小さな観客がそこにはいた。 実はその可愛い子、私の息子。かわいい〜

感動的な映画には惜しみなく拍手を送りたいが、一方で後味が悪い映画や胸が苦しくなる映画がある。決して映画の出来は悪くないのだが、もう二度と見たくないと思う作品もある。

<火垂の墓>はあまりにも悲しすぎて胸が苦しい(ところが何回も観てしまい。そのたび涙する)

<ダンサーインザダーク>はまさに後味が悪すぎる。
よそでビョークの歌声を耳にするたび、条件反射的にブルーになってしまう。

<ライフイズビューティフル>はやるせない。
しかしこの映画、お父さんが殺されてからハッピーエンドまでの尺が短いので、気持ちの切替が難しい。今胸が苦しく切ない思いをしていたばかりなのに、その後スグに喜べって言われてもねぇ〜って感じになる。

そして<誰も知らない>現代版の<火垂の墓>
戦争に対して現代はネグレクトが子供達を苦しめている。


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えいがのはなし 私的ディズニー映画の観方

ディズニー映画で特に好きなのは<ダンボ>です。
スピルバーグの何かの映画にダンボが挿入されていたような気がするが、
スピルバーグもダンボが好きなのだろう。

耳が大き過ぎていじめられる可愛い弱虫のダンボ。
私はこの映画を観るときダンボを障害者に置き換えて観てしまいます。
生まれつき異質で奇形で、人と違っているために距離を置かれ笑われ、必然的に引っ込み事案になった障害者ダンボ。
しかし一歩前に踏み出せば、個性的な人にない能力も発揮できる。
その時、人々は拍手する。

<白雪姫>の7人の小人たちが森で暮らすのも
昔、差別にあったマイノリティたちの姿なのだろう。
昔話にはよく森の奥深くで暮らす人が登場するが、
自ら社会と距離をとったり、差別で追われた人がいたのだろう。

<ピノキオ>は人さらいの映画。
そういえば最近では人攫いって言葉聞かなくなったけど、禁句?
甘い言葉や楽しい誘いに判別が付かない子供たちとピノキの姿は誰にでも当てはまったりするかも。
<ピーターパン>のネバーランドにも、それと共通する子供たちが出て来る。

最近では
<ファインディングニモ>や<レミーのおいしいレストラン>
これをディズニーと呼ぶのは心苦しいが(やはりピクシー映画!と呼びたい)が、
片腕に障害のある子供、夢を持っても障害のあるネズミ
ディズニーのテイストが受け継がれていると思ふ。

ディズニー映画といえば<ライオンキング>が手塚治虫の作品のパクリを指摘されたが、
<バグズライフ>も明らかに<七人の侍>をモチーフにしている。
しかしコレはパロディ?パロディなら許せてもパクリは如何なものか?
黒澤へのリスペクトと解釈しよう。

そういえばNHKの大河ドラマ<武蔵>は七人の侍を露骨にパクっていたが、
真似されることの多い<七人の侍>って本当に名作ですね。

ディズニー話が黒澤で〆になってしまってスミマセン。

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えいがのはなし 再びOZの話

『オズの魔法使い』『明日に向かって撃て!』
上のタイトルの間違いに気づいた方はかなりの映画通と言えます。
正解は『オズの魔法使』『明日に向って撃て!』です。
それぞれ『い』と『か』が表記されません。
ちなみに『真夜中のカウボーイ』も間違いで正解は『真夜中のカーボーイ』です。
言葉としてはカウボーイの方が正解ですが、
現代的なニュアンスを出す為に配給会社がつけたタイトルがカーボーイだったのです。
原題はMidnightCawboy。

タイトルの話はともかく、私の大好きなこの2作品。
ジャンルは違いますが、非常に心をこめて作品を作り上げていることに関しては共通しています。

両作品のオープニングとラストと言ってピンと来る方もいるでしょうが、この両作品ともモノクロ画面で始まり、モノクロ画面で終わります。
<明日に向って撃て!>のファーストシーン、映写機から映し出されるモノクロの列車強盗のシーンは監督のセンスを感じます。
2作品ともまるでこれから童話の絵本を開いて見せるような、そして本を閉じて終わるような雰囲気があります。
実際に本を開いて始まり本を閉じてお終いといった演出はよく見かけますが、
そうしたありきたりな演出をしないところが監督の力量でしょう。

<オズの魔法使>は至る所に趣向を凝らしていますので何度観ても楽しめます。
屋外の設定でありながら全編スタジオ内で撮影し、書割セットでありながらチープではなくカラフルでデザインが優れています。
また60年以上も前の映画にもかかわらず特撮が素晴らしい。(SFXではない、特撮なのだ)
ほかにも衣装やメイクや歌踊り、この映画に関しては話し出したら止まらないのでやめておきます。
ひとつがっかりなのは、この作品本国米国では子供から老人まで年代を超えて長い間国民的作品として親しまれていますが、日本での評価は今ひとつ。
是非、日本でも沢山の方に観て頂きたいと思います。

話が長くなったので<明日に向って撃て!>の話は別の機会に。

最後にコレだけは付け加えます。
米国人の多くが観た映画(劇場だけでなく、TVやビデオなどを含めて)というアンケートのデーターによるとダントツ1位が<オズの魔法使>で95%以上の人が観ているそうです。
続いて2位が<風と共に去りぬ>85%以上。3位<ゴッドファーザー>4位<スターウォーズ>と続きます。
タイタニックでもハリーポッターでもないんだぞぉー!オズなんだぞぉー!
<オズの魔法使>は米国の国民的映画なのです。


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えいがのはなし 一番好きな映画

私が映画好きと聞いて
それを聞いた映画好きな相手は
「今まで観た映画の中で、一番好きな映画は何ですか?」と尋ねる

私は躊躇せず<オズの魔法使>と答える。

そしてそれを聞いたほとんどの人が
固まる。

黒澤作品だったら、相槌を打ってくれただろうか?
フェリーニの作品だったら、頷いてくれただろうか?
スピルバーグだったら、「私も私も」って喜んでくれたのだろうか?

それでも
私は、「オズ!」と答える。

好きなんだから、仕方ない。


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えいがのはなし

昨年第一回が行われた<映検>で2級を取得しました。
<英検>の間違いだろうって?
いえ、間違いではありません。
英語検定ではなく。
映画検定なのです。
その時はまだ1級はなく、私が取った2級が最高位でした。(ちょっと自慢)
元・映画研究部の面目躍如!と、私的には非常にイイ気分でした。

そんなわけで
映画の話ならネタ切れに陥らないので、この日記に書いていくことにしました。

ヒマ潰しにどうぞ。

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